ロバート・R・マキャモンの立ち読み


少年時代 BOY'S LIFE 本棚に戻る
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「コーリー? 起きろよ、おい。時間だぞ」
わたしはそう言っている男の手で黒々ととした眠りの洞穴から引っぱり出され、目をあけて声の主を見あげた。彼はすでに身支度を済ませて、胸ポケットに白い文字でトムと名前が書かれた濃い茶色の仕事着姿だった。ベーコンエッグの匂いが流れ、キッチンで鳴っている低いラジオの音が聞こえた。鍋がカタカタいい、コップがカチャカチャ鳴った。流れのなかの鱒のように、母が自分の持場でてきぱきと仕事をこなしているのだ。「時間だぞ」と父がいい、ベッドの横のスタンドのスイッチをひねった。わたしは……
ここに長居をするつもりはない。わたしの故郷ではあっても、わたしたちの家ではないのだから。だが、一時間程度なら、妥当な時間だろう。
二人を先に通し、わたしはドアのすぐ外で足をとめる。
光の溢れる、青い空を見上げてみる。
翼を持つ四つの人影が、そしておなじように翼を持つ、彼ら四人の犬が、光の川の中を旋回しながら戯れているのが見える、と思う。
彼らはずっとあそこにいるのだ、魔法が生きているかぎりは。
そして、魔法というのは、強い強い心臓を備えているものなのだ。

マイン Mine 本棚に戻る
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また赤ん坊が泣いている。
その泣き声で、彼女は雲の上の城館にいる夢からさめて、思いきり歯を噛みしめた。いい夢だった。夢の中で彼女は若く、体はほっそりとしていて髪は夏の太陽の色だった。いつまでもさめないでほしいと思う夢だった。だが、またあの子が泣いている。ときどき、母親になんかならなければよかったと思う……赤ん坊はときとして夢を殺してしまうこともあるのだ。それでも彼女はベッドに起きあがり、床のスリッパに足を入れた。自分の他にあの子の世話をしてやる者はいないのだから。
木曜の子二人は、まだ遠くまで行かなければならなかった。

狼の時 THE WOLF'S HOUR 本棚に戻る
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戦争は続いていた。
一九四一年二月には、戦火はまるで炎の嵐のように、ヨーロッパからアフリカ北西部沿岸へ飛び火していた。ヒトラーはドイツ軍部隊の司令官として一人の将校を派遣し、イタリア軍を支援させた。エルヴィン・ロンメルという名のこの有能な将校がトリポリに赴任するや、英国軍はナイル川へと押し戻されはじめた。
ベンガジからエルアジェリア、アジェダビア、メシリと沿岸の街道を通って、アフリカ機甲師団の戦車と兵士は進軍した。
ラストは読んでのお楽しみ!

NIGHT VISIONS 4:ハードシェル HARD SHELL 本棚に戻る
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水の底
夏の終わりが近い。午後も遅くなって空が泣きだし、低くわだかまっていた雲から雨が落ちてきた。グレン・コールダーはシボレーのステーション・ワゴンのなかにすわって、プールを見つめていた。二週間前、グレンの息子は、あそこで溺れて死んだのだ。
(ニールはまだ十六だった)グレンは思った。きつくひき結んだ唇は……
「おい、レオン!」ジミーが声をかけ、相棒は立ち止まった。「こういうんだ。こいつはなんだかわからないが……とにかく死んでるって!いちばん深いところに沈んでやがったんだ!」
レオンは電話をかけにすっ飛んでいく。
突然、電動ポンプがかくんと動きだし、心臓の鼓動のような音とともに、プールの水を湖へともどしはじめた。
五番街の奇跡
遅刻だ!遅刻!遅刻!遅刻!遅刻!
ブローヴァーの金時計の針は、冷たく九時十二分をさしていた。心臓が口から跳びだしそうだ……急げ、急げ……皮膚の下でドクドクと血管が脈打つ……急げ、急げ……八月の熱気がまとわりついて首筋がべとつく……急げ、急げ……行く手をふさぐ邪魔者を押しのける……急げ、急げ、急ぐんだ!
手にした鉛筆をあげてみせる
「これ、どうしたらいいんでしょう?」
「おまえさんの人生のことでも書くんだね」老人はそういって、赤いワゴンを押しながら人々の足のジャングルに紛れこんでしまった。
ジョニーは笑い声をあげながら家へと駆けだし、二度とふたたびうしろをふりむかなかった。
ベスト・フレンズ
突き刺すような不快な雨のそぼ降る中、彼は急ぎ足で駐車場をぬけてマーベリー記念病院の玄関をくぐった。右脇にたばさんだ暗褐色の書類カバンには、ある怪物に関する記録がはいっている。 だが、夢も見ないほど深い眠りにはいりこもうとする寸前、ジャックは、さっきの若い看護婦がまたはいってきたように思った。というのも、たしかににおいがしたからだ。ステーキの、肉の匂いが。

アッシャー家の弔鐘 Usher's Passing 本棚に戻る
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不規則な広がりを見せるニューヨーク市の上空高く、雷鳴が鋼鉄の鐘を打ち鳴らすように轟いた。どんより曇る空に稲妻が走って大地を襲い、東十丁目では、ジェイムズ・レンウィックの新しいグレイス教会に屹立する、ゴティック様式の高い尖塔に落雷し、そして十四丁目の北、不法定住者の住み着く平坦な土地では、荷馬車をひく半盲の馬を死に追いやった。馬の持ち主が恐怖の声をあげ、命からがらとびだすや、荷馬車は横転して、積み荷のジャガイモを深さ八インチの泥に沈めた。
一八四七年のことであり……
もうおわったんだろうか。本当におわってしまうんだろうか。それとも悪が別の姿をとって、さらに強くなってあらわれるのか一一ぼくを探すのかもしれない。
もしもそうなら、準備をしておかなければならない。
杖を握る手に力がこもった。
風の向きと音色がかわった。低い呻きになって、不思議な着実なリズムで小屋をたたいた。ニューは耳をすました。
そして闇のなかに、揺れる振子の音が聞こえるように思った。
ニューは気のせいであることを願った。
ひたすらそう願った。

ミステリー・ウォーク MYSTERY WALK 本棚に戻る
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「わかりました」彼女はようやくそう言って、桜材の揺り椅子の腕木に乗せた肘の先の、ほっそりした褐色の手の上に置いていた形のよい顎を上げた。これまで、つぎを当てたオーバーとすり減ったワークブーツといういでたちの骨ばった二人の男が話している間、彼女はずっと暖炉の火を見つめていた。外見は華奢で弱々しく見えるものの、奥まったハシバミ色の目は、思慮深い内的な力の輝きを放っている。彼女の名はラモーナ・クリークモア。チョクトー・インディアンの血を四分の一引いていて、その種族の血は、鋭く誇らしげな頬骨に、肩に届くつやのある黒い髪に、そして真夜中の森の池のように暗く静謐な目に、はっきりと現れていた。
ラモーナがわかったと言った時、ジョン・クリークモアは、部屋の反対側の椅子に座ったまま、不安げに体を動かした。
恐れることは何もない