静かな朝だ。町はまだ闇におおわれて、やすらかにベッドに眠っている。夏の気配が天気にみなぎり、風の感触もふさわしく、世界は、深く、ゆっくりと、暖かな呼吸をしていた。起きあがって、窓からからだをのりだしてごらんよ。いま、ほんとうに自由で、生きている時間がはじまるのだから。夏の最初の朝だ。
ダグラス・スポールディングは、十二歳だった。彼は、たったいま目覚めたばかりで、朝はやい夏の流れに身をまかしていた。この三階の天井の塔にあるベッドルームに横になっていると、すばらしい力をさずけられて、六月の風にのって天高く飛翔している気持ちになる。なにしろ町で一番の立派な塔なのだ。夜には木々が一団となってこの塔をめがけてうちよせてくる。そして彼は、この灯台から、楡や樫や楓であふれる海上に、四方八方、閃光のような視線を放つ。ところが、いまは……「いいぞ!」とダグラスは小声で言った。 |
彼は目を閉じた。
六月の夜明け、七月の正午、八月の宵は過ぎ、終わり、おしまいになって、永久に去ってしまい、ただそのすべての感覚だけを、ここの、頭のなかに残してくれた。いまや、過ぎさった夏の総決算をするものは、穏やかな秋、白い冬、涼しい、緑の萌える春なのだ。もしぼくが夏を忘れるようなことがあったら、地下室にはたんぽぽのお酒があり、一日一日全部の日が大きな数字で書かれているんだ。ぼくはそこにしばしば行って、これ以上見つめてはいられないまでに太陽をまっすぐのぞきこみ、それから目を閉じて、網膜にやきつけられた点をじっと見つめると、つかのまの傷あとが温かい瞼に踊っているのだ。火と反射の一つ一つを並べ、並べかえしていると、ついに模様がはっきりして……
そう考えながら、彼は眠った。
そして、眠っていると、一九二八年の夏が終わった。 |